先日、ツイッターを見ていたらホリエモンこと堀江隆文氏のニュースに対するつぶやきが軽く炎上していたので、その件について少し書いてみます。

「なんで保育士の給料は低いと思う?」低賃金で負の循環

朝日新聞デジタルより

これに対してホリエモンが「誰でもできる仕事だからです」とツイートしたのが事の発端になっていて、彼のツイートには以下のような批判するリプライがかなりの数に渡って行われていました。

  • 「保育士は○○も○○も○○もやらなきゃならない大変な仕事。誰にでもできるわけない」
  • 「じゃあお前がとりあえず1ヵ月やってみろよ。どうせできないだろ」
  • 「保育士は国家資格なんですけど。誰にもできるわけじゃない」

こういったところですね。「誰にでもできる仕事」という点について「そりゃそうだろうなぁ」と思いながらリプライ欄を見た僕は、正直に言って「こんなにも文面から何を言いたいのかを読み取れない人が多くいるのか」と驚愕を受けました。批判している人々は、「できる」という単語に対して大きな読み間違いをしています。

「できる」に関する2つの面

「できる」という単語には、今回の話では2種類の受け取り方があると思います。

  1. 技能・スキルが伴っていれば「できる」
  2. 純粋なやる・やらないの「できる」

これでも十分ではないかもしれませんので、軽く具体例を入れて説明します。

1. 技能・スキルを伴っていれば「できる」

突然変なことを書いてみますが、「1週間で米国会計基準とIFRSにおける連結会計基準の違いと、仮に米国基準からIFRSに変更した場合の影響を簡単にパワポ3枚程度でまとめて。あ、英語で発表してもらうからよろしく!」と言われて「できる」人はかなり少ないのではないでしょうか。この指示を納得が出来る水準でこなそうと思うと、少なくとも以下のスキルが求められます。

  • 米国会計基準の知識
  • IFRSの知識
  • パワポスキル
  • 英語力

これらの知識、スキルを獲得しようと思うと割と時間がかかります。逆に言うと、これは「誰にでもできる仕事」ではありません。

2. 純粋なやる・やらないの「できる」

ここから若干ですが失礼なことを記載していきます。上記の例とは別に、以下のことを「できる」か考えてみてください。

  • 赤ちゃんのおむつを替える
  • 赤ちゃんが危ないことをしないか見張る
  • 赤ちゃんにご飯を食べさせる
  • 保護者の愚痴を聞く

当たり前ですが、これらの仕事は大変です。ですが「やりたい、やりたいくない」という感情を別にすると、これらを「できる」人は相当多いのではないでしょうか。ホリエモンが言っている「誰にでもできる仕事」というのはこのことを指します(少なくとも僕はそう思います)。つまり、赤ちゃんの面倒を見るということ自体が、誰でもできるということです。むしろ、誰でもできなければとっくの昔に人類は滅んでいます。誰でもできるからこそ大多数の人々が赤ちゃんから子供、そして成人へと育っていくのです。

保育士の給料を上げるには

冒頭のニュース記事に戻ってみます。「では、保育士ってずっと低い年収で苦しまなければならないの?」ということなのですが、このままだとずっと低いままだと思います。

保育に携わる人が「政府が予算を組んで実行すれば良い」という方法を書いていますが、別の方法もあると思います。それは「技能・スキルを伴っていれば「できる」」にシフトするということです。

極端な話になってしまいますが、例えば、保育士Aさんがいるとして、その人に保育をしてもらえば

  • 子供が難関大学に通る
  • 子供が非行をしない
  • 子供が英語をペラペラ話せるようになる

など、他人にはマネできないような「何か大きな付加価値」を生み出せるのであれば、「大金を払ってでもこの人に任せたい」という人は必ずいます。それだけで保育士としての給料は非常に高くなるはずです。上記に書いたようなことはありえないと感じるかもしれませんが、何かしらの付加価値を付ければその価値に対してニーズがある場合、お金を払う人は必ずいます。まぁ、認可、無認可などの僕にはわからない問題が色々あるとは思いますが。

最後に

現在、様々な仕事が将来的に機械で代替可能となるといわれています。つまり、機械の能力が上がってきており、「誰にでもできる仕事」がどんどん増えているということです。僕が所属している監査法人という業界も、完全に「公認会計士」という資格の参入障壁によって高収入が保たれている業界なので、その参入障壁が崩れた場合でも大丈夫なよう、常に自分を磨き続けて、価値を生み出し続けられる(つまり稼げる)人間でありたいものです。