プロローグ:それはある日突然に

「何か、大事なことを忘れている気がする。」

USCPAに合格した後、無事に当初の目的であった監査法人に転職することが出来た僕は、そのまま数年間のキャリアを経て、プロジェクトの中でも中心となるような役割をそこそこ担うようになっていた。ただ、何かが足りない。何かを忘れているような気がするのだ。毎日、何となくもやもやする気持ちを抱えながらも、日々忙しく生きる状態でそれが何かを考える余裕もなかった。

スーツを着るビジネスマンにとっては辛い猛暑の日がそろそろ終わりそうなある日のこと。僕はいつも通りの時間帯に目を覚ます。そして、またいつも通りカルビーのフルグラを容器にぶち込み、ミルクをたっぷりと注ぎ込む。

「そういや、USCPAの講義の中で先生がグラノーラをスズメのエサみたいなやつ(実際はオートミールであり、フルグラとは一切関係ありません)って言ってたなぁ。」

過去の記憶がふとよみがえり、思い出し笑いをする。思えば受験時代が遠い過去のようだ。今思えば働きながら資格試験の勉強を毎日何時間もするって相当頑張ってたと思う。おかげで今日もクライアント先に出社することが出来るのだ。

いつも通りひげをそり、いつも通りシャワーを浴びる。いつものスーツに着替えて、いつもの整髪料をつけ、いつもの鞄を持ち、いつもの革靴をはく。何も問題がない。全ていつも通りだ。

「行ってきます。」

一人暮らしを始めた頃に、なんとなく自分で「いってきます」「ただいま」とあいさつをするようになったのだが、もはやそれも日常の恒例行事となった。当初はなんとなく照れ臭いような気がしたけども、今となっては言わない方が不自然な感じがする。人間とは不思議なものだ。

最寄り駅まで徒歩数分。忙しいビジネスマンである僕は通勤時間を無駄に長くするわけにはいかないのだ。他人より数万円高い水準の家賃を支払うことにより、僕は時間を買っていた。その余った時間で、さらに自分のために勉強や仕事をして成長するという算段だ。実に社畜思考が完成されている。

会社最寄り駅につき、薬局でコーヒーを買う。コンビニより安く売っているので、これも年単位で考えると大きな節約になる。そして会社に出社し、今日も忙しい一日が始まる。

「ん?」

・・・おかしくないか?

「なんで、僕はまだひげをそっているんだ・・・?」

ここから、僕の長い闘いがまた幕を開けることになる。