僕がどのような経験を経て米国公認会計士(USCPA)の受験を決意したのかについて書いていきます。今回は、大学時代から留学時代までを書きたいと思います。

大学~留学時代初期

前回の「大学受験編」のときの僕のように、英語さえ出来れば将来安泰なんじゃないかと思われる方もいるかもしれません。むしろ、そう思う人は多いのではないでしょうか。そのため、英語の語学留学や英会話学校が常に一定数の人を引き寄せているのだと思います。

大学生初期

大学に入ってから、僕は英語の勉強をやめることなく続けることにしました。大学受験の時から「音読」を中心に英語の勉強をしていたので、とにかく手あたり次第に英語の参考書を音読する毎日が続きました。

1回生のとき(関西では「年生」を「回生」と言います)、それまで一度も海外の地を踏んだことがなかった僕は、国際的なボランティアを行うサークルに所属し、初めて2週間ほどでしたが海外の経験を積むことになりました。このとき、自分が全く英語を話せないことに気が付きました。全ての会話を、帰国子女であった友達に通訳してもらっており、非常に悔しい思いをしました。

帰国後「勉強が足りない」と感じた僕は、英語の勉強時間を拡大しました。このとき、僕の目標は「交換留学」という大学の留学システムで最も難易度が高いものに定められました。交換留学は「TOEFL iBT」という非常に難易度の高いテストで高得点を取る必要があり、僕の友人も何人かTOEFL iBTで挫折して交換留学をあきらめています。

英語漬けの日々

ただ、僕はどうしても英語をあきらめたくなかったのです。それは、英語に対する「憧れ」だったのかもしれません。これまでの勉強を無駄にするのが嫌だったのかもしれません。帰国子女の友人に追いつきたかったのかもしれません。多分、全てなのでしょう。とにかく「これだ!」という教材を何百回もひたすら音読し、可能な限り英語を聞きながら生活を行いました。このあたりの生活で身についた英語勉強法は、また別の記事でまとめて書きたいと思います。

交換留学に必要となるTOEFL iBTのスコアは61~80くらいなのですが、留学を目指し始めて最初に受験した僕のスコアは、なんと120点満点中「35点」でした。あまりにも試験内容がわからなくて、試験会場である京都外国語大学からの帰り道に思わず笑ってしまったことを思いだします。ここから留学可能なスコアまで上げるのは本当にきつかったです。留学の書類審査を突破し、面接での問答を予想して全て暗記で対応するという荒業で突破し、なんとか交換留学の切符を手に入れることが出来ました。期間は約8ヶ月。「これで、僕もグローバルな人材になれる」と根拠もなく喜んでいました。

留学へ

そして、留学の日がやってきました。関西国際空港にて両親に見送られ、とてつもない高揚と不安を覚えながら飛行機に乗り込んだことを覚えています。今でも鮮明に思い出すことが出来ます。ジーンとくるものがありますね。

しかしながら、現地に到着したあとに、僕の思いはゴナゴナに砕けることになります。初日から「目的地と別の空港に着く」等の様々なトラブルがあり、同じ飛行機に乗っていた全く英語ができない日本人のホームステイ先になぜか僕が電話し、そのホームステイ先の人の車で何とか(今思うと本当に奇跡)学生寮に到着することが出来ました。そこでの生活をスタートさせた直後、僕の考えは根本的に間違っていたことに気が付きました。

現地では、数年英語を勉強した程度の英語力では全く通用しないのです。これは逆を考えてみればわかると思うのですが、例えばアメリカで日本語を数年勉強した人が日本に来て、いきなり生活を始めようとしても大きな壁にぶつかるのは目に見えています。その人は日本人に日本語で勝てるわけがないのです。

その現象を、僕は留学先で味わうことになりました。正直、僕は留学前は外国人と普通に会話できるのだろうな、と考えていました。むしろ、ディベートなどを通して日本人として世界と渡り合おうとも思っていました。ところが、普通のネイティブにも英語力では勝てるわけがありませんでした。様々な表現であったり、会話の瞬発力であったり、口語表現であったり、自分が知らない英語の世界が一気に押し寄せてきました。英語を話すだけでも必死だった僕は、間違いなく英語圏では最下級の英語力の人間でした。

留学でぶち当たった英語の壁。僕の目の前に現れたのは「英語力でネイティブに勝つことはありえない」「中途半端な英語力」という無残な現実でした。僕は、異国の地で目の前が真っ黒になった気分でした。自分が今までとんでもない時間を費やしてきた英語の勉強は無駄だったのか。あの苦労はなんだったのか。帰国子女でないとダメなのか。僕は世界に通用する人間にはなれないのか。

絶望(こんな言い方ですが、当時の僕にとってはまさにこれ)の中、偶然、本当に偶然、ひとつの講義に出会うことになります。それが「財務会計基礎1」です。このとき、はじめて会計学というものに触れることになります。

次に続きます。

その3:留学時代後半