監査法人の業務紹介:合意された手続(AUP)
さて今回は、世間では全然知られていない監査法人の業務を、自分が経験したことを踏まえて具体的に書いていきたいと思います。僕がかつて監査法人に転職活動をしようとしたとき、まず気が付いたのはその情報の少なさでした。正直に言って、監査法人がどのような業務をしているのか見当がつかず、事前準備に苦労しました。そのため、実際に監査法人で働いている経験を活かして、監査法人に就職・転職したい人に少しでも情報が提供できればと思っています。
今回紹介したいのは、監査法人の中でもかなりのレアな業務に入ると思われる、「合意された手続」です。ほとんどの人は「何言っているんですか?」という感じの業務だと思いますが、まさに僕もこの仕事の話がきたときは「なんですかそれ?」という感じでした。とにかく言われた仕事は断らずにホイホイ受けるタイプの僕ですが、この時ばかりはさすがに断るか迷いました。まぁ、Big4の犬と言えば僕なので、当然やるんですけどね。
合意された手続とは
合意された手続とは、英語でAgreed Upon Proceduresと言われ、そのイニシャルを取ってAUPと呼ばれます。ただ、「僕AUPを担当してるんですよ」と監査法人内で同僚や先輩に言っても「なんですかそれ?」と言われる反応をされるのが基本なので、あまり有名ではありません。ただ、監査部門から僕が所属するアドバイザリー部門に転籍してきた先輩の話では、監査部門ではAUPはポピュラーな業務になるようです。アドバイザリー部門の人間が担当してるのは異常事態なのかもしれませんね。本当に、どうして僕が担当しているんでしょうかね。
さて、では気を取り直して実際の業務内容について解説していきます。AUPとは、監査法人がクライアントとの間で、あらかじめ調査する手続きの詳細について合意しておき、その合意した手続きを実施して、その結果を報告するという業務です。ただ、こうやって書いてもよくわからないと思いますので、僕が実際に体験した業務をもとにして具体的に説明します。
まず、クライアントが、保有する資産である多数のローン契約をもとにした「資産担保証券(ABS)」を発行して資金調達をするという計画を立てます。そして、その担保とするローン契約については、できる限り優良なものを使用するため、一定の条件を満たすローン契約だけを抽出します。例えば、元本は1,000万円を超過しない、これまで返済が滞ったことがない人のローンである、ローンの残り返済回数が240回以下などの条件を満たすローン契約だけを抽出して、そのローン債権の束をもとにして証券を発行し、資金調達を実施するのです。
さて、クライアントはどうにかしてそのローンの束が「良いローンを集めたものを担保としましたよ」と市場に伝えたいわけです。そこで出てくるのが、監査法人です。監査法人にローンの抽出プロセスをチェックしてもらい、レポートを発行してもらえばよいわけです。
そこで、クライアントは監査法人と、「ローン契約がうまく抽出出来ているかについてチェックする手続」について事前に合意します。例えば、ローンの原契約と、ローンを抽出するシステムから出力したデータ一覧の、一定の項目(氏名、住所、元本、返済回数、など)の一致を確認するという「手続」について「合意」します(業務提供前に、監査法人が実施することについて合意するのです)。これが合意された手続です。
そして、決められた日程で監査法人はクライアント先を訪問し、ローンの原契約とシステムから出力されたデータを受け取り、あらかじめ合意しておいた手続に沿って内容を確認していきます。元本が1,000万を超えるローンが抽出されていないか、残り返済回数が多すぎるローンがないか等です。合意された手続に沿って内容を確認したあと、「合意された手続とその結果」についてレポートを発行します。このレポートが「合意された手続実施結果報告書」です。
クライアントは、資産担保証券の発行の際に監査法人から受領したレポートである「合意された手続実施結果報告書」を添付することで、「この資産担保証券の裏付けとなっているローン債権は優良なものです。その抽出プロセスとその結果については監査法人と合意した手続に沿って確認してもらってます」というメッセージを発信することができるわけです。
AUPの注意点
AUPを実施する際の注意点として、財務諸表に対して適切性の意見を表明する監査とは異なり、AUPのレポートでは「監査法人は結論として何かを保証しない」ということです。また、監査は監査基準に従って自分たちで監査計画を立て、どのように監査していくかの手続は自分たちで決めていくものに対し、AUPでは監査法人が実施する手続は、あらかじめクライアントとの間に合意したものだけです。AUPではアシュアランス(保証)は一切行わず、「こういったことをしました。結果は〇〇でした。」と淡々とした結果をレポートに記載して終わりです。
例えば僕が実施したAUPの場合、「〇月〇日に訪問し、契約書とシステムより出力されたデータを〇件確認した。契約書とシステムデータの氏名、住所、元本、返済回数を突合した。突合した結果、すべての内容について一致することを確認した。」といった内容のレポートを記載します。
AUPのプロセス
では、実際にAUPの業務に入るまでのプロセスを説明します。AUPの場合、監査法人では大体この流れに沿って業務が始まると思います。
- クライアントからAUPの依頼を受ける
- 監査法人側でクライアントの受け入れ可否を判断
- クライアントと監査法人の間で契約の締結
- AUPの手続内容について書面で合意(3と同時並行)
- 必要となる資料の依頼、実査の日程調整等(3と同時並行)
- 合意した内容に従ってAUPを実施
- 「合意した手続実施結果報告書」にAUP結果を記載して作成
- 「合意した手続実施結果報告書」をクライアントへ提出
実際には、この流れの途中にパートナーのサインをもらうために日程調整をするなどの内部のクソつまらない細かい作業が入ったりしますが、おおむねこの流れで業務は進んでいきます。
おまけ
最後におまけです。合意された手続はそこまでお金を稼げる業務ではありません。合意された手続に沿って実際のクライアント業務を再確認するだけなので、そこまで高度な知識を求められるものではないことが大半です。僕はほぼ一人でこの業務を担当しているのですが、なんと担当のパートナーが他の監査法人からこの業務を引き抜くために「うちならもっと安い金額で出来ますよ!」とか適当なことをぬかして、安い金額でこれまでより多くのAUP業務を受注してしまったわけです。当然、実際に手を動かして業務をするのは僕ですけどね。本当に金額を下げて仕事を取ってくるタイプのパートナーと仕事をすることになると、頑張るのは自分だけで儲かるのはパートナーという最強にイラつく展開になるので、そこだけは注意ですね。ただ、監査法人における業務の流れを一通り身をもって学べるという点では、小規模なAUP案件を自分で回してみると意外に楽しいですよ。
以上が、監査法人における業務である「合意された手続」についてでした。